白紙の弔辞?
2008.08.09(22:26)
赤塚不二夫さん(享年72)の葬儀・告別式で参列者の涙を誘ったタモリの弔辞が、実はアドリブだったのではないかという話だ。弔辞を読み上げている最中のタモリの手元の紙は、カメラに捉えられた映像では、まっさらな白紙のように見えたらしく、約8分間、およそ1900字にも及ぶ長文を、もしアドリブでやり遂げたのだとしたら尊敬に値する。
ネット掲示板では、「(アドリブ好きな)赤塚さんに捧げたギャグだったのでは」「恩師に見せた最後の芸だったのでは?」などという書き込みが相次いだ。
アドリブが得意なタモリのことだから、これは充分にありえることだ。
特に、最後に言った言葉「私もあなたの数多くの作品の1つです。」には、ちょっと心打たれた。
タモさん最高!

◆タモリ弔辞全文◆
弔辞
8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。
われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。
何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。
それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。
赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。
あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。
あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。
今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。
私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。
平成20年8月7日、森田一義
マコ
2008.08.09(19:47)

昨日増えた新しい家族の一員。
名前はマコ。
性別はメス。
「アシュラ男爵」のように、顔が半分から色違いになっているのが特徴。
人見知りだが、慣れると人懐っこさが出てくる。
チャッピー同様にややメタボだが、結構高く跳躍することが出来、3匹の中では最も運動能力が高い。
物陰にいることを好む。
3匹の中で、最も音に敏感。
チャッピー
2008.08.09(19:41)

昨日増えた新しい家族の一員。
名前はチャッピー。
性別はメス。
サスケとマコの母猫。
顔が潰れていて、毛足が長い雑種。
やや人見知り。
その辺に転がっていると、静電気で埃を取るカー用品のモップ?に見える。
軽いメタボ。
愛想は、それなり。
サスケ
2008.08.09(19:31)


昨日増えた新しい家族の一員。
名前はサスケ。
性別はオス。
かなりのメタボ猫。
(推定体重は、8〜9kgくらいと思われる。)
3匹の中で、最も人懐っこく、人見知りもしない。
人間の足元に纏わり付き匂いを付けまくる「サスケアタック」が得意技。
どんなに触られても、決して嫌がることがない。
が、どんなに撫でても、もっと撫でろと寄ってきてキリがない。
家族が増えた
2008.08.09(19:24)
まだ結婚もしてないのだが、家族が増えた。一度に3匹も。
匹!?
ま、増えたのは猫で、姉貴んチで飼ってたのをウチに連れてきたんだけどね。
なんだか、一夜にして猫屋敷になってしまった。
まだウチの猫とは、軽く顔合わせした程度で、鉢合わせしないように別々の部屋にいる。
ドラクエ7をクリアした
2008.08.09(19:07)


なんか、ドラクエをクリアしてしまった。
以下、ネタバレ含む。
ホントは、ラスボスがいるダンジョンで、レベル上げをしつつ、宝箱を回収して、ラスボス手前ぐらいまで行けたら戻ろうと思っていた。
だけど、ラスボス直前の動く床に乗ったら、リレミトが効かなくなり、動く床も全く動かなくなり、完全に戻れなくなってしまった。
仕方がないので、万全ではない形でのラスボスとのバトルを始めた。
このあと出かける用事があったので、時間を気にしながらイライラとしたバトルだった。
第四形態まであって、強さよりもしつこさを感じた。
まあそれは、入念なレベル上げをしておいたのと、用事が控えていたためだと思うが。
恐らく、今作のラスボスは、俺の記憶には残らないだろう。
(ドラクエのラスボス級敵キャラでは、バラモス、シドー、ゾーマ辺りが今でも記憶に残っている。)
ラスボスの攻撃だが、こちらのHPのMAXが400〜200くらいなのに、最終形態では、一撃で200近くのダメージを受けた。
RPGに於いて、敵キャラの強さを表現するのに、攻撃力の高さや、状態異常などのいやらしさ以外で表すのは無理なのかな?
苦戦という感じにはならず、無事にラスボスを倒した。
(まあ、踊り子に転職中でHPが少なかったハルヒだけは、二回死んでしまったが。)
ラスボスを倒してもすぐにはエンディングにならず、別の場所に飛ばされた。
そこでは、歩いて外に出る事が出来ず、ルーラも効かなかった。
色んな人に話しかけてみたが、話が進まなかったので、仕方なくPS2の電源を入れたまま出かけた。
用事から帰ってくると、すぐにコントローラを握り、話を進めた。
が、やはりイライラプレイは続いていた。
10数分後には、ちびと会う約束をしていた時間になるからだった。
エンディング前に、自動で色んな町を回らされ、人々に平和になったお礼を言われた。
その間にも、約束の時間は刻々と近づいてくる。
もちろん、途中でセーブなんて出来なかった。
そして、エンディングの最中に、約束の時間を迎えたので、そのままにして出かけた。
冒険の集大成なのに、感動や感慨に浸ることもなく、早く終わらないかとイライラしっ放しのエンディングだった。
総プレイ時間:86時間くらい
あとは、おまけ要素?で神様とのバトルなどがあるらしいが、そこまではやらないだろう。
ただ、まだ誰も勇者になっていないので、もう少しだけやるかもしれない。
簾を付けた
2008.08.09(16:37)

簾を付けた。
自室の西の窓に二枚と、東の窓に一枚。
心なしか、風が清々しくなったように思う。
が、それは完全に、プラシーボ効果に違いない。
ま、これで、少しは太陽光線を凌ぎやすくなるだろう。










